気づき

自分の「外側」に「安定」を求めてしまうのは、「自分に自信がないから」

わたしは「安定した仕事」は存在しないと思っています。

 

肉眼でみたときに、安定している「ようにみえる」仕事はいろいろあるでしょうけど。

 

わたしは肉眼でみえる「安定」は錯覚だと思ってるし、そもそも「安定」を求めること自体、とんでもなく不自然だと思っています。

 

「安定」を求めて、自分にとって不自然なことばかりやりまくり、結果、毎日不平不満たらたらで、おもしろくなくて、欲求不満で、イライラして、メンタルや体調くずす・・・のは過去のわたしもやってました。

 

そもそもなぜ「安定」などという「まやかし」「幻想」「錯覚」を求めてしまうのか?

 

それは「自分を信じられないから」につきますね。

 

「自分」を信じられないから、自分の外側に「安定」という、ほんとはどこにも存在しないものを追い求めてしまうのです。(で、その結果、疲弊する)

 

じゃあ、どうすれば「自分」を信じられるのか?

 

それには

「自分の本音で生きる」

これにつきます。

 

本音でしゃべり、本音で行動する。

 

本音で生きれば、自分自身を心の底から手放しで信じられます。

自分自身を心の底から手放しで信じられれば、気分の多少の浮き沈みはありながらも、おおむね落ちついた心情で過ごせるので、わざわざ「外側」に「安定」など求めなくなります。

 

なので「安定したい」のなら、自分の外側に求めるのではなく、自分の内側と向かい合いましょう、ということです。

 

とはいえ、自分の内側を厳重に見張って「感情がゆらぐことのないように、自分をきびしくとりしまる」では、ないです。

 

「自分との向かい合い方」って「自分の内側に湧き上がってくるものをすべて許し、すべて手放す」みたいな感じが理想です。