気づき

他者がもたらしてくれるものをふくめて「自分」とする

自分の中にはいろんな面があります。

たとえば

・自分でしか満たせない部分

・他者によってしか、満たされない部分

とか。

 

自分でしか満たせない部分を、他者に向かって「満たして、満たして」と押しつけたところで、けっして満たされることはないですし、渇望感がつのるばかりです。

 

ぎゃくに「他人の手など借りない! すべて自分で満たす!」と、無理やり自己完結しようとすると、自分のなかにいびつな不自然さが生まれるものです。

 

また

・自分だけしか認識できない部分

・他者の存在を通して、はじめて認識できる自分の姿

も、あるのかなと思います。

 

なんでもかんでもやみくもに自分ひとりでやろうとするのではなく、かといって他者に対して自分の欲求をゴリ押ししたり、下心としてコソコソ垂れ流すのでもなく。

 

自分でやることやって、あとは、他者がもたらしてくれるものをふくめて「自分」ということにするといいのかな、と思います。

 

そもそも「他者」を出現させているのは「自分の意識」ですものね。