気づき

「水」の記憶で、自分の今の状態がわかる

サイキック講座の先生、志麻絹依さんの本『サイキック・セラピー あなたの魂の目的』に、「『水』の記憶で見える自分」という項目があります。

 

自分の「最初の水の記憶」が、「今の自分がどのように人生を泳いでいるのかを、あらわしている」というのです。

・あなたの「最初の水の記憶」はどのようなものですか?

・その記憶を思い出すことで、どのようなことに気づきましたか?

・今のあなたが当時のあなたに声をかけるとしたら、なんといってあげますか?

 

いまわたしが思いつく「最初の水の記憶」は

小さなこどもの頃に、浮き輪を使って、ひとりで海に浮かんでいる。

砂浜には家族がいて、母がわたしに向かって「もう、もどっておいで」というように手招きしている。

わたしは母にうなずいて砂浜へ戻ろうとするが、いくら泳いでもその場から動けない。

動けないというより、体がすこしずつ沖のほうへ持っていかれている。

そのうち、わたしが戻れずにいることに気づいた父が、わたしのところまで泳いできて、砂浜へ連れ帰ってくれた。

・・・というものです。

 

で、まずこの記憶を思い出して、いちばんに思ったのが

「わたしって、どんなに苦しい、困った状況におちいっても、助けをもとめないなー」

ということです。

 

ひとりで沖に流されていくのは、すごく不安でこわくて緊張して、全身がこわばりました。

でもだからといって泣きわめいたり、「たすけてー」と叫んだりとか、いっさいやりませんでした。

 

泣きわめいたり、たすけてー、と叫んだところで

「あの人たち(両親)はたすけてくれない。

それどころか、うるさい! と怒鳴られる」

と思っていたからです。

 

じっさいは父が助けにきてくれたんだけど。

 

でもほんと、思い返してみると、わたし今までの人生でひとに助けを求めたことって、あまりないです。

ほぼひとりで自己解決してきた、というか、自己完結してきたというか・・・

あらやだ。

 

これからはちゃんと「たすけてー」ということにしましょう。

 

そして、「ひとりで沖に流されていくわたし」に声をかけるとしたら、

「砂浜へ戻ろうと、むりにいっしょうけんめいがんばらなくていいよ。

そのまま流れに乗って、流れ着いたところで生きていこう」

てな感じです。

 

ていうか、これはまんま、今の自分に言いたいことですね。

 

というわけで「最初の水の記憶」って、ほんとうにふしぎと「今の自分の状態」とリンクしているのでした。