気づき

自分のなかに大きな断絶があると、生きていく上で、エネルギー効率が悪すぎる

「わたしが望まないまま続けている習慣」というテーマでワークをしていたら、わたしのなかに存在している大きな「断絶」に気づきました。

 

わたしは「外側」と「内側」が大きく断絶していたのです。

・「外側」
「わたし何も問題ないです、ちゃんとやってます、できてます、適応しています」と、まわりがつけいる隙のない様子をアピール

・「内側」
だれとも何も分かち合おうとしない

 

映像では、「一つの体に、アタマ(「外側」「内側」)が二つついている」存在として、イメージが視えました。

 

二つのアタマは互いを認識しておらず、まったくコミュニケーションをとっていませんでした。

・「外側」の言い分
たとえうわべだけでも外界に順応してみせることで、生きのびてこられただろ。
外界から受ける攻撃を最小限におさえることができただろ。
だれのおかげだと思っている、感謝しろ。

・「内側」の言い分
手の内を表に出さない、見せないことで、自分を守りつづけている

 

「外側」「内側」、それぞれ言い分は異なるものの、両者ともわたしが生きのびられるようにそれぞれのやり方でわたしを守ってくれていました。

 

とはいえ、それぞれがてんでばらばらの方向を向いているのは効率が悪いので、これからは「外側」「内側」、ともに一致団結して互いに協力しあいながら歩んでもらうことにしました。

 

そしたら、「やっと「一人」の人間になれて、肩の荷が下りて、ほっとした」という、この「ほっとした~~~~」という感覚がわたしの全身をおそいました。

この「ほっとした」感、すごかったです。

 

いままでは「二分の一」がそれぞれ勝手に、なんとかしようとしていたから、必要以上の負荷がかかっていたのでした。

自分のなかに大きな「断絶」があったら、そりゃエネルギー効率悪いし、なかなか進めません。

 

今回、大きく断絶していた「外側」と「内側」にひとつになってもらえて、よかったです。

 

今年に入ってから、わたしは複数の人から

「あなたは閉じている」

と、言われています。

 

わたしはそのたびに

「なんで? わたしはまわりに対して、こんなにフレンドリーな笑顔をふりまいているのに」

と不思議に思っていたのですが、今回の「外側」「内側」の映像を視て、納得しました。

 

わたしの「外側」はまわりにいい顔見せてても、のこりの半分「内側」はがっちり閉じていました。

わたしに「閉じている」と指摘した方たちは、がっちり閉じているわたしの「内側」を感じ取っていたのかなー、などと思いました。