気づき

「死ぬ」とは「今の肉体」が死を迎えること

先日、ある方にとつぜん

「死ぬの、こわい?」

と、聞かれました。

 

わたしは

「こわくない」

と、こたえました。

 

「死ぬ」とは「今の肉体」が死を迎えることです。

 

「今の肉体」が死を迎えると、肉体から魂が抜けていきます。

 

そして、魂はまたべつの新しい肉体に入るか、もしくはエネルギー体のままでいるのか、形状はわかりませんが、とにかく「続きます」。

 

なので、

「死ぬのはこわくない」

(だって肉体が死んでも「わたし」はつづくから)

です。

 

とはいえ、わたしは今のこの肉体で「やってみたいこと」「経験したいこと」「見たい景色」がまだまだあるので、今すぐは死にたくないかなー、とは思います。

 

でも寿命がいつ来るかはわからないので、いつその時が来てもいいように、毎日やれるだけのことはやろうと思ってはいますが・・・ついだらだらYouTubeみたりしちゃいます。

 

死ぬときは

「いろいろ経験できて、すごいよかったー、ありがとー、じゃーね、ばいばーい」

と言って、死にたいものです。

 

ところでわたしは「亡くなった方」のエネルギーを何度か読ませていただきましたが、みなさん「肉体」という重たい物質や「執着」という重たい感情から自由になり、軽くなって、いろいろ気にしてません。

あれはあれで気楽そうでいいものです。

 

ただ、いつまでもずーっと気楽にふわふわしていると、次第にたいくつしてきて

「また肉体に入って人間でもやろっかなー

今度はこういう肉体に入って、あれをして、これをして、あそこへ行って・・・」

と、新しい肉体でやりたいことをいろいろ思い描き、それが次の「人生の目的」となるのかなー、と思ったりします。